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東京建築賞選考委員会 委員長 栗生 明

 「東京建築賞」は40回の節目を迎えました。

 「東京都知事賞」は、各分野の最優秀賞受賞作品の中から選ぶのではなく独立して選ぶことが昨年から行われています。

 ですから、まず「東京都知事賞」はどの作品が相応しいかといった議論から審査が始まりました。 そして、東京都内に建ち、その存在が広く都民にアピールする建築をという判断から「東京駅丸の内駅舎保存・復原」が候補にあげられました。

 日本の近代建築の父・辰野金吾によってちょうど100年前(1914)に開業した日本を代表する鉄道駅です。 浜口雄幸首相、原敬首相暗殺などの血腥い事件現場であり、関東大震災や戦災などの試練を経ながらも修復が繰り返されてきた歴史的建造物として2003年に国の重要文化財に指定されたものです。

 しかし、この建物は「保存」か「改築」か、をめぐって各界の大議論が繰り返され、様々な提案がされてきました。 私の知る限り、経済合理性・機能性からの高層ビルへの建替え提案に対し、稲垣栄三氏(建築史家・元東大教授)に始まる「東京の顔でありシンボルである東京駅」の歴史的価値付けによる、保存・復原運動が鈴木博之氏(建築史家・前東京建築賞委員長)に引き継がれました。そして空中権適用をもとに、丁寧な歴史検証とその保存・復原、さらに新しい機能の付与に関する改修デザイン、そして駅として利用しながらの施工技術などありとあらゆる専門家の協同作業によって実現したものです。ですからこの建物は建築の保存・復原の設計に関わった建築事務所のみを評価するのではなく、「東京の顔」の復元・保存を望む多くの歴史や環境を尊ぶ市民への賞として「東京都知事賞」が相応しいと判断しました。

 その他の応募作品は、戸建て住宅部門 16件、共同住宅部門13件、一般部門一類22件、一般部門二類19件、計70件でした。各応募作品を第一次審査の書類審査で分野ごとに絞込み、第二次審査(現地審査)に赴き、設計者やオーナーからの説明を受け見学をさせていただきました。最終審査会ではそれぞれ、現地審査に行かれた審査員の丁寧な報告を参考に様々な角度から講評を行い、合議制で入選作を決定しました。

 個別住宅部門、共同住宅部門では、敷地環境や事業形態によって、はっきりとした二つの傾向に分かれました。

 ひとつは雑駁な周辺環境に背を向け敷地一杯に独自の快適な住空間を構築するものです。 もうひとつは、可能な限り周辺環境に住空間を開き、街に溶け込み近隣空間さえも、住空間の延長としたものです。

 個別住宅部門の最優秀作「東村山の家」は前者の見事な事例となっています。囲われた外壁の中に、三つの林庭が取り込まれたワンルーム空間によって、あたかも林の中で憩い、食事をし、眠るといった趣を享受できています。天井高や床のレベルの絶妙な設定など、住まうことの楽しさや快適さを追及した完成度の高い住宅です。

 共同住宅部門の最優秀作「ISANA」はあきらかに後者の事例でした。長屋形式の集合住宅ですが、ヒューマンなスケールと内外空間が一体になった開放性によって、自然とコミュニティが醸成されやすい場所の設えなど、優れた建築的工夫が随所に見られました。

 一般建築部門では甲乙つけがたい完成度の高い作品が出揃いました。

 一般建築一類では最優秀作として「扇屋旅館」が選ばれました。 新潟県村上市の築80年の駅前旅館の再生を目指して、旅館を運営しながらの増築・改修工事です。今まで裏方であったバックヤードを観光客と街のつながりの核になる中庭として開き、まちの活性化に寄与している点が高い評価を受けました。

 最後に一般建築部門二類ですが、この部門では偶然にも三つの図書館が最終審査に残っていました。細部にわたりさまざまな観点から議論を重ねた結果、「山梨県立図書館」を最優秀作として決定しました。

 あたかも果樹園に迷い込んだようなぶどう棚状の屋根の下、静かに本を読むだけでなく、賑わい創出のためのイベント空間を巧みに取り込むなど、新たな図書館機能を積極的に空間化していることが評価されました。

 応募作品を全体的に見ると、まちや自然環境との調和といった空間的連続性や、歴史文化の尊重といった時間的連続性を重視する傾向が、顕著に見られました。

 これらの作品傾向は、資本主義経済が指向する、過度な経済合理性や効率至上主義のみによる建築空間が、生身の人間に、過剰なストレスを与えつつあることへの反省に起因しているのかもしれません。

(東京建築賞選考委員会 委員長)